ご祭神 大山咋命 又御名 山末大主神(大年神の御子也)

略記

 大同2年(807)天台宗開祖最澄が寺院建立するにあたり近江国滋賀郡日枝山(比叡山)に鎮座する山王大権現(現:日吉大社)のご分霊を東金の守護神として鴇ヶ峰(山王台公園)に勧請、山王大権現とお祀りしました。


その後、嘉慶元年(1387)に現在の東金市大豆谷に遷座し、大豆谷村、臺方村、上宿、谷、岩崎、新宿、堀上村、川場村、押堀村の総鎮守の神様として崇敬を集めています。


慶長19年正月(1614

徳川家康公が鷹狩りに来られた折に当神社に三日間参篭して国家安泰、武運長久、一族繁栄を祈願


元和元年11月(1614

大坂の陣後、再び鷹狩りに訪れた際に大願成就の御礼として御本殿改築を命じる


元和6年(1620

家康の命を受けた代官高室金兵衛が大工棟梁鈴木佐渡守に下命して御本殿を新に造営


承応年間(165255

雄蛇ヶ池の水利問題闘争では御神威により水利権を定め、円満解決に導く


寛文3年(1663

旧暦の615日に執り行われる神幸祭に併せてそれぞれに楼車を繰出して参加する

以来、隔年毎には例祭に併せて連合祭典と称し神輿の渡御、山車・屋形の巡行を行う


寛政年間(1789〜1800)

社殿頽破し覆殿が建立される。


 参道は樹齢三〇〇~六〇〇年の大杉並木で、近在では稀に見る御神域で参拝者をして自ら襟を正させるような荘厳なる雰囲気を醸し出しています。

  日吉神社の正面にある一対の猿は日吉大神の神使であり、元禄八年(1695年)に建立(現在は二代目)され、高さは四尺強、体は正面を向き、顔は本殿を向いています。昔から体の悪い所と神猿の体とを摩ると良くなると言われており、氏子・崇敬者から大変愛されています。

参道より見えます建物は手前から拝殿、幣殿、覆殿となっており、御本殿は覆殿に囲まれています